OkOgeのブログ

地方で楽しく生活することをテーマに日々あったことをつづります。

おしゃべりの効用

一昨日は研修科目の教養講話に「心地よいコミュニケーションの日本語」と題して、金田一秀穂さんという人の講話がありました。
国語辞典を作ったあの金田一氏の孫。
言語学的な観点から、敬語の使い方とか、正しい日本語の用法といった話なのかと思っていたら、かなり違いました。

以下、講話の内容です。

■外国語の歌を好きになるのはなぜか
外国語を完璧に理解していない人が、その歌をいいと思うのはなぜなのか。大半の人は詞ではなく、その歌手の歌声が好きだからだろう。
より正確に言えば、鳴き声が好きだから。

住んでいる国に関係なく、動物は出会ってすぐ意思疎通ができる。それは、コミニケーションの手段が言語ではなく、鳴き声、あるいはテレパシーを使っているからかも。

■言葉の発明
ホモサピエンスの出現が20万年前からだとすると、5万年前まではホモサピエンスの化石はアフリカ大陸でのみ見つかっている。5万年前になって初めて、化石は世界中で見つかるようになる。ホモサピエンスの移動と繁栄を有利にしたのは、言葉であったと考えられている。
15万年の間は、鳴き声で意思疎通をはかっていたものが、言葉の発明で一度に多数の仲間に正確に情報を伝えられるようになったからだ。ジャワ原人ネアンデルタール人が滅んでしまったのは、彼らが言葉をもたなかったのでホモサピエンスの集団攻撃に対抗できなかったからではないかと考えられている。

人が文字を発明したのは、さらに時代が下ってからで、その目的は、戸籍や年貢の管理であったとされている。
文字は、遠隔地にいる他者への情報の伝達を可能にした。

■言葉のできることは限られている
一方、ギリシャのソクラテスは本の功罪について言及している。
本は次々と湧いてくる疑問に答えてくれることはないし、記録をすることでかえって人は記憶する能力が退行してしまったと。

言葉は確かに便利だ。しかし、それができることは限られている。
たとえば、目の前にいる好きな人に好意を伝えようとしても、言葉だけでは感情をストレートに伝えることはできない。言葉を尽くすより、抱きしめた方がずっと気持ちは伝わる。

言葉ではないものを重視するのは、15万年の間に培われたノンバーバルなコミニケーションの名残りなのかもしれない。

■言葉はなにをしているか
言葉のもつはたらきは以下のものに整理できる。
・他者へのはたらきかけ(通知、命令など)
・叙述、描写、記録
・phatic 交話 人と人をつなげる

3つ目の人と人をつなげる作用が最も重要。
たとえば、毎日交わされる挨拶。
ごはんなに食べる?と聞き合うたわいない会話。
それらは情報的な価値のないものだ。でも私たちはそれを繰り返す。なぜか。
敵意のないことを伝え合い、確認しているのだ。
集団の中では、とりわけ、一つのグループであることを確認する作用がある。
恋人であれば、無意味なおしゃべりを通じて愛を語っているともいえる。

■ムダなおしゃべりのスキルを身につけろ
組織では協調性が必要だ。協調性には、そういったおしゃべりのできる能力が欠かせない。
日本人は、仲間内では話ができるのに知らない人との雑談は苦手としている人が多いようにみえる。首脳会談など、国際会議の場で日本人は語学ができなくて発言しないと言われているが、本当のところはそうではないと思う。

親しくない人とのおしゃべりの能力を欠いているのだ。必要なのは、決まった内容を話すための外国語のスキルではなく、知らない人とスッと仲良くできるスキルなのではないだろうか。

■人は無味乾燥だと滅びる
メールで使われる絵文字。あれは、なくてもよいものではある。
けれども、あれは感覚に訴えるもので、あった方がコミニケーションはずっと円滑になる。

テキストはデジタル。絵文字はアナログ。
若いうちは、1か0しかないデジタルのものを好むかもしれない。わかりやすいからだ。

しかし、現実は不定形なアナログの世界である。言葉にならないものをきちっと守って行くこと。それが成熟ということではないだろうか。


講話の内容、終わり。

おしゃべりに関しては、わたしはむしろ親しくない人に話しかけるのは割とできるのだけど、毎日顔を合わせる職場の人とは苦手意識があるかも。
だから、面接とか初対面の人とだとそれなりにうまく話せるんだけど、毎日顔を合わせる人と雑談しなければと思うと、とたんにストレスに感じてしまう。


「月がきれいだね」
「そうだね」
っていう会話は、わたしの場合、よほど親しい人かあまり知らない人とは成立するけど、中途半端に知っている人とは逆に何を話したら良いのか分からなくなっちゃう。

自分の人との付き合い方を振り返った時間でした~

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